猿蟹合戦の戦略

清水義の範先生の作品に『猿蟹の賦』という短編があります。(講談社刊行『蕎麦ときしめん』に収録)
タイトルからわかるように(司馬遼太郎先生の『夏草の賦』のパロディ)、「猿蟹合戦を司馬遼太郎の文体で書く」というパスティーシュ(模倣)小説です。
その中で、「作戦を考えた蟹は天才である」と言っています。まあ、作品が作品だけに単なる受け狙いに見えますが、

実は、その通りなんです。


中国に『孫子』という兵法書があります。
その中に、
「敵を死地に追い込むな」という教えがあります。
なぜなら、死を覚悟した人間は思わぬ力をはっきすることがあり、形勢を逆転される可能性、そこまでいかなくても、手痛い損害を加えられる危険性があるからです。
そのため、わざと敵に逃げ道を用意し、そこへ追い込むようにせよ、と『孫子』では主張しています。

猿蟹合戦では、

見事に『孫子』の教えを踏襲しています。


出入り口をわざと開けておく

囲炉裏、味噌、水がめ(地方によってはその後布団に逃げ込む)と次々に伏兵があらわれ、猿は逃げ出します。唯一の逃げ道である出入り口に。
しかし、それはワナ。
猿が逃げたところで臼が落ちてきて(牛の糞が登場して滑る場合もあり)猿はペシャンコ。一巻の終わりとなります。

もし、出入り口を開けておかなかったらどうなっていたでしょう?
おそらく、猿はやけくそになって反撃に出ていたことでしょう。
蟹に、蜂(または包丁)、栗(もしくは卵)(針が登場する話もあり)牛の糞といった連中です。
猿にとってすれば、別に手ごわい敵ではありません。
戦えば、何人かは倒せたはずです。うまくいけば、勝っていたかもしれません。
しかし、

逃げ道があったため、逃げることに頭が回ってしまったんですね。

さらに
もっとも安全である「家」にわなをかける。
相手の冷静さを失なわさせる奇襲攻撃
相手の行動を予測した布陣


など、非常に精密な作戦です。
まことに、この作戦を指揮したものは名将と呼ぶべきでしょう。

猿蟹合戦ま、もともと子どもに兵法をわかりやすく教えるための教材だったのかもしれませんね。

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