【うりこ姫】 らいらい版・オリジナルバージョン

らいらい様による、オリジナル版の「瓜子姫」ストーリー。
天邪鬼を主役に据えて、その揺れ動く心情をメインに描かれた秀作です。
こちらがらいらい様のブログです


らいらい軒

ワタシの名は、天の邪鬼。

 村一番の腕を持つ猟師の娘だ。

 幼い頃から、父親について山の中を歩くのが好きだった。

 険しい山道も、急斜面の崖も軽々とこなした。

 動物の足跡の見方も、天気の変わり方も、誰よりも早く覚えた。

 薪を集めるのも、動物の糞を使って火をおこすことも得意だ。

 なのに、大きくなってくると、『女は不浄な存在だから』と山にはいることを禁止された。

 山では重宝がられる能力は、里では何も役にも立たなかった。

 むしろ、『がさつで乱暴者だ』 『女のくせに生意気だ』 と、くさされるばかりだった。



 そんな閉鎖的な村の中で、うりこ姫は特別の位置にいた。

 こんな田舎の村には稀な、貴族のように気品のある優雅な美しい娘。

 うりこ姫は、糸を紡ぎ染めるのも、機を織るのも、着物を縫うのも上手だ。

 村の娘達と同じ糸を使っているのに、うりこ姫の染める糸は何とも言えない味わいがあった。

 うりこ姫の反物は、織り目がきっちりとまとまり、それなのにしなやかで、まるで別物のようだった。

 限られた色の中で、皆が思いもつかない目を引く柄を次々と考え出した。
 そんなうりこ姫の織る布は、町で売ると普通の反物の何倍もの高値が付いた。

 爺さまと婆さまに大切に大事に育てられたうりこ姫は、物静かで慎ましく純真無垢そのもので。

 爺さまと婆さまの言いつけをいつも守り、「西を向いておけ」と言われれば、何の疑問も持たず3年でも5年でも素直に西を向いているような娘だった。


 ワタシは違う。

 受け身の人生も、人に命令されるのも真っ平だったから、いつも両親や頭の固い村の長老達とぶつかった。

 その度に、『うりこ姫を見習え』 『手本にしろ』 と耳にタコができるほどに説教された。


 うりこ姫は馬に乗れないけれど、ワタシは馬に乗るのが得意だ。

 うりこ姫は機しか織れないけれど、ワタシは機織り機を作ることも、壊れた家を上手に修繕することもできる。

 うりこ姫はとてもキレイだけれど、桶の一つも持ち上がれない。ワタシは炭俵だって米俵だって運ぶことが出来る。

 それなのに --- うりこ姫は皆にほめられ、ワタシを褒める人は誰もいない。

 それどころか、(村の皆に認めて貰いたい)とワタシが頑張れば頑張るほど、村の皆はワタシを「男女」と見下し笑い者にした。

 その度にワタシは(うりこ姫がワタシに何か悪いことをしたわけでもないというのに)うりこ姫を逆恨みし、うりこ姫をどんどん嫌いになっていった。

 そんなワタシのひがみが頂点に達したのは、うりこ姫の輿入れの話を聞いた時だった。


 うりこ姫のお相手は、隣村の長者。

 その名前に、胸が騒いだ。

 隣町の長者とは数年前、奉行所の労役に行った時に一度だけ会ったことがある。

 腰を痛めたお父の代わりに、村の男たちに混じって遜色なく働くワタシを見て「女房にするなら、そなたのような働き者がいいな」と初めて褒めてくれた人だ。
 その時から、あの人の姿は一生の憧れとなってワタシの心に焼き付いた。

 けれど、そう言って褒めてくれたのに・・・あの人が嫁に選ぶのは、やはりうりこ姫なのだ・・・


 どうしてワタシが選ばれなかったのか、それはきっとうりこ姫のせいだ、うりこ姫ばかりがずるい、羨ましい妬ましい憎らしい・・・嫉妬が胸一杯に広がって、醜い感情がドロドロとあふれ出し、自分ではもう押さえられない。
 自分を完全に見失ったワタシは、爺さまと婆さまの留守にうりこ姫を襲いに行った。

 うりこ姫をだまし、着物をはぎ取り、うりこ姫を赤い腰巻き一枚のあられもない姿で栗の木に吊してやった。


 人に頼るばっかりで、自分じゃ何も出来ないうりこ姫。

 自力で何とかするがいい。

 ワタシはうりこ姫になりすまし、うりこ姫に成り代わってあの人と結婚してやる!!


 うりこ姫の爺さまと婆さまの目が悪いのをいいことに、ワタシは上手くやりすごした。

 そして、婚礼の日。

 うりこ姫が織り、自らが仕立てた豪華な打ち掛けをワタシは身に纏い、隣村の長者からよこされた駕籠に乗った。

 隣村に着いたなら、すぐに嘘はばれるだろう。

 うりこ姫の代わりにワタシの姿を見いだして、あの人はどんな顔をするだろう?

 「そなたで良かった」と言うてくれるだろうか?

 それとも、切り捨てられるか。牢に押し込められるか、村を追放か・・・

 考えながら着物のたもとをイライラといじっているうち、ふと縫い目が手に触れた。

 一針ずつ、ていねいに揃えられた狂いのない縫い目。

 うりこ姫は、輿入れを夢見ながらどんな気持ちで着物を縫ったのだろう・・・


 その時になってやっと、ワタシは自分がどれだけひどいことしたのかに気がついた。

 自分がずっと否定され続けてきたからって、ワタシにうりこ姫の人生をねじ曲げる権利などない

というのに。

 己の愚かさが、情けなくて恥ずかしくて・・・駕籠に付き添っているじいさまやばあさまに聞こえないように、ワタシは声を殺して泣いた。

 長者の屋敷に着いたなら、全てを正直に打ち明けよう。

 すぐに、うりこ姫を助けて貰おう。


 神様は、ワタシの非道な行いをちゃんと見ていた。

 そうして、うりこ姫を守ってくれていた。


 栗の木の下を通った時、ワタシの悪事は露見した。

 けれども、その時・・・ワタシは心底からホッとしたのだ。


 ワタシは美しい花嫁衣装を身ぐるみ剥がされ、肌襦袢1枚で谷底に落とされた。

 (意地悪をしてごめんね、うりこ姫)

 心の底から詫びながら、ワタシは奈落の底へと落ちていった。

 

 神様は、すべてをちゃんと見ていた。

 そうして、うりこ姫だけではない。ワタシをも守ってくれていたのだ。


 ワタシは奇跡的に助かった。

 躯がこんなに生きたがっているのなら、心も寄り添って生きてやろう・・・そう決めた。

 うりこ姫への嫉妬も、長者への思慕も、自分を認めなかった村人への怒りも、ワタシの中からすべて消えてしまっていた。

 きっと醜いワタシはあの時に死んでしまい、今のワタシに生まれ変わったのだ。

 ワタシには、もう帰る故郷など無い。

 同時に、しがらみももはや無い。

 ワタシはワタシだけの、何処に行くも自由な存在なのだ。


 東には、山に捨てられた子供達を拾って育てている心優しい山んばがいると聞いた。

 西には、熊や鹿を飼い共存している山の民が住む隠れ里があって、そこでは子供が熊と相撲を取っているそうだ。

 南には、山に取りきれないくらいの果物がたわわに実る夢のような島があるとか。

 北には、誰も来たことのない霊峰や神山が無数にそそり立っているという。


 ワタシには未来がある。

 ワタシはワタシの生きられる世界へゆこう。

 バイバイ、うりこ姫。

 あなたはあなたの道を行けばいい。

 ワタシも自分の道を行く。


 そうしてワタシは、踏み入れてはならない女人禁制の山に入っていった・・・


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