なぜ、瓜子姫は死ななくなったのか?

東日本では、ほぼ惨殺されている瓜子姫。皮をはがされ、肉を料理され……と猟奇シーンのオンパレードです。
しかし、西日本になると、殺されることはなく、無事助け出されて終わり……となる話が圧倒的に多くなります。
どうして、このようなことになぅたのでしょうか?

(注・正確な資料に基づいた研究ではないので、エッセイ的なものとして読んでください)

その原因のひとつとして、当時(室町〜江戸初期)の社会状況というものが考えられます。
東日本、とくに東北は、当時非常に貧しい地域でした。
たびたび起こる災害、不作による飢饉、厳しい寒さ……。
こういった地域では、いわゆる子どもの「口減らし」というものが行われていた、と想定されます。
つまり、瓜子姫は「口減らし」の象徴だった、ということです。
考えてみてください。
瓜子姫は、あくまでも拾われ子です。
血のつながった両親はいません。
当時は、いまのように機械もなく、働き手としては男性のほうが優遇されていました。
そう、瓜子姫は、まっさきに口減らしの対象となる存在だったのです。
そして、飢餓に苦しむ人々は、その肉さえも……。

そんな事件が実際にあったかもしれません。
それをもとに、瓜子姫の話は作られたのかもしれません。
瓜子姫を村の娘に。
あまのじゃくを村のおとなに置き換えて話をつくってみても、それは十分通用します。

瓜子姫を殺したあまのじゃくは、村人たちの心にひそむ、残酷な心だったのかもしれません。

さて、一方の西日本。
当時は先進地域であり、豊かさは東日本とは比べ物になりません。
そのため、口減らし、という概念はうすれていて、
「かわいそうじゃないか。姫が殺されるには」
というふうに改編されていったのではないでしょうか?

そういう風にも、考えられるのです。


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