瓜子姫と不思議な箱のお話
mafuyu(れみ)様:作

こちらに掲載されていたものを許可をいただき掲載しました



  瓜子姫は箱を開けた。すると、中から猿が出てきた。淡い黄土色で、しっぽの先が白い小型の猿だ。

「結婚してください」

 猿は言った。瓜子姫は笑い、無理に決まってるでしょ、と言った。

「猿と結婚した人なんて聞いたことないもの」

「前例がないわけじゃないですよ。サル山に住むか人間の村に住むか、そういう問題はありますけど」

 瓜子姫はびっくりした。どんな前例なのか聞いてみたくなったが、ここはあまり話を広げないほうがいい。

「とにかく私は無理なの。ペットならいいけど。あなた、家でいい子にできる?」

 猿はしょんぼりとうつむいた。

「僕は、いわゆるいい子ではありません。観光客の荷物を盗んだり、髪の毛を引っ張ったりもします。でも、そんじょそこらの人間より甲斐性がありますよ」

「甲斐性?」

「はい。たとえば、あなたのために木に登って、柿を取ってくることができます」

 言うが早いか、猿は家からさっと飛び出して、庭の柿の木に登っていった。木には、つやつやの実がいくつもぶら下がっている。

 瓜子姫は嬉しくなった。そろそろ食べごろだと思っていたけれど、自分では取れなくて困っていたのだ。

「大きいのがいいわ」

「これですか?」

「ううん、もっと上。てっぺんの枝よ」

 猿はすいすいと登り、一番上の細い枝に飛び移った。大きな柿に手を伸ばした途端、バキッと音がした。

「あーれー!」

 枝が折れ、猿はまっさかさまに落ちた。木の下を流れている川に頭から飛び込み、盛大なしぶきを上げた。

 柿は、枝ごと瓜子姫のほうへ飛んできた。瓜子姫は流れていく猿の頭を眺め、柿をかじった。甘く、みずみずしい柿だった。


 次の日も、箱が送られてきた。瓜子姫が開けてみると、今度は狼が入っていた。

「腹が減った。何かくれ」

 狼は灰色の目をぎらつかせて言った。瓜子姫は箱を閉じ、漬け物石を置こうとした。待てよ、と狼は言った。

「人間は食べないよ。毛ガニが好きなんだ」

「毛ガニなんて食べたことないわ」

 狼が言うには、身の詰まった毛ガニは豚よりも羊よりも柔らかくておいしいのだそうだ。

 二人はカニの食べられる温泉宿を探したが、どこも予約がいっぱいだった。

 せりに行って買ってきたらどうかしら、と瓜子姫は言った。三陸の市場までは少し遠いけれど、きっと新鮮なカニが安く手に入る。

 早速出かけることにしたが、お腹をすかせた狼は歩くだけでもひと苦労だ。もたもたしていると、猟師に見つかってしまった。

「やっと見つけたぞ、狼め! 今日こそ毛皮をはいで売ってやる!」

 猟師が鉄砲をズドンと鳴らすと、狼は飛び上がった。そしてあっという間に、森のほうへ逃げていってしまった。瓜子姫が呼んでも、もう戻ってこなかった。

「困ったわ。私一人じゃ道がわからない」

「きみの友達だったのか。悪かったね」

 猟師はとれたばかりの獲物を分けてくれた。丸々と太ったカモだ。

 瓜子姫は三陸に行くのをやめて家に帰り、カモ鍋を作って食べた。ほどよく脂の乗った肉は甘みもあり濃厚で、カニよりおいしいかもしれないと思った。


 次の日も箱が届いた。中には、近所に住む無理助という男が入っていた。

 瓜子姫は顔をしかめた。無理助は嘘つきで乱暴で、おまけに脱出マジックが得意で、村中から嫌われている。

「嫌だわ。どうしてこんなもの……」

 無理助は大柄なので、猿や狼と同じ箱に入るには、体を不自然に折り畳まなければならない。そして、出てくるのはさらに至難の業だ。

 頼んでもいないのに、無理助は脱出マジックを始めた。複雑に組んだ足を元に戻し、背中に回した腕で全身を押し出そうとする。そこまでは良かったのだが、肩幅が邪魔をする。箱の枠をすり抜けられず、体を起こすことができない。

「もう、早くしてよ」

 瓜子姫は箱を揺さぶった。しかし、重くてほとんど動かない。えい、と力を入れると、勢い余ってひっくり返してしまった。

 ぐきっ、と嫌な音がした。箱をどけてみると、無理助は脱出に成功していたが、首がおかしな方向に曲がっていた。

 これもパフォーマンスだと無理助は言ったが、絶対に違うと瓜子姫は思った。

 無理助は両手で首をごきごきと動かし、元の位置に戻すと、何事もなかったかのように帰っていった。こんなことばかりしているから嫌われるのだ。


 それからしばらく、箱は届かなかった。瓜子姫は機織りをしながらゆっくり過ごした。春の着物を作っている。桃色の地に白い模様をふわふわと散らした、羽のような布だ。

 とんとん ぱたり とん ぱたり

 とんとん ぱたり とん ぱたり

 きちんとさんの すっとんとん


 そんなある日、また箱が届いた。瓜子姫はちょうど着物を縫い終えたところだった。

 開けてみると、中には少女が入っていた。猫のようにつり上がった目、ちらりと牙をのぞかせた口。頭には小さな角が二本ある。裾のほつれた真っ黒な着物を着た姿は、間違えようもない。

「天邪鬼!」

 少女は起き上がり、にやっと笑う。天邪鬼というと、いたずら好きの小妖怪のように思われがちだが、あなどってはいけない。天気を操ったり、人や動物に変身したり、築四十年の寒々しい台所をシステムキッチンにリフォームしたり、とにかくいろいろなことができるのだ。

 瓜子姫のもとに箱を送っていたのも、この天邪鬼だ。瓜子姫がいつも暇でかわいそうだから、と勝手なことを言い、旅先で面白いものを見つけるたびに送りつけてくる。

「ああ、楽ちんだった。自分で歩くよりずっといいわ。あんたも瓜じゃなくて、箱から生まれてくれば良かったのに」

「無茶言わないで」

 天邪鬼は箱から飛び出し、今回はすごいのよ、と言った。赤みがかった目がきらきらと輝いている。

「今度は何を見つけたっていうの?」

「これよ」

 天邪鬼は箱の底を指さした。覗いてみると、本が敷き詰めてある。ものすごい冊数だ。

「す、すごい……でも」

 瓜子姫は肩を落とした。字が読めないのだ。瓜から生まれてこのかた、やったことがあるのは料理や畑の世話、そして機織りだけだ。

「任せて。私が読んであげる」

「えっ、これ全部?」

「もちろんよ。そのために、一緒に入って送られてきたんだから」

 天邪鬼は胸を張り、人なつこい笑みを浮かべた。

「ただし、着物を一着くれたらね」

「ええっ!」

 瓜子姫は慌てて、縫い上げたばかりの桃色の着物を隠そうとした。しかし、天邪鬼の目はしっかりとそれをとらえていた。

「けちけちしないで。着物はいくらでも縫えるけど、本は読まなければずっと知らないままだわ」

「そうだけど……とっておきの、この春のトレンドなのに」

 瓜子姫は迷いに迷って、着物をあげることにした。空へ浮かんでいきそうな淡い色合いは、天邪鬼に似合わなくもない。それに何より、物語を聞くのは小さい頃から大好きだった。

「それじゃあ、始まり始まり」

 天邪鬼は一冊目を取り出して開いた。この本は短編集で、『○○は箱を開けた』で始まる話ばかりのオムニバスだという。

 瓜子姫はわくわくしながら、天邪鬼の声に耳を傾けた。いつの間にか、猿と狼と無理助が庭に来て、柿の木の陰でこっそり聞いていた。

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